第209章

渡辺芳美が床に崩れ落ちるのを見て、天瀬姫代の瞳に一瞬だけ狼狽が走った。だが、すぐに取り繕うように落ち着きを取り戻す。

 天瀬姫代は手を伸ばし、渡辺芳美の鼻先にかざした。息はある。

「おばさん、すぐお医者さんを呼びます……」

 消火器を床に置き、医師を呼びに行こうとして二歩――そこで、ふっと足が止まった。

 渡辺芳美は、聞いてはいけないことを聞いてしまった。もし丹羽光世に知られたら、もう――自分と丹羽光世の間に、可能性は残らない。

 そう思った瞬間、天瀬姫代の心は揺らいだ。

「……だめ。救えない」

 吐き捨てるように小さく呟いた、そのとき。

 廊下の向こうから、川崎正弘の姿が見...

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